Towns日記 / 2002年5月12日~

  • 2001年3月27日(火)~2002年7月31日(水)
  • 2017年11月15日:新レイアウト適用、最低限の加筆修正

COMポートとの戦い

2002年5月12日(日)

が、しかし、フロー制御は通信プロトコルでもデータの形式でもなく、インターネットに必須ではない。一晩うなされて到達した結論は「オーバーフローしなければどうと言うことはない!」である。

フロー制御なしにして最高速度115,200bpsから徐々に速度を落としながらテストする。COM1の速度19,200bpsを大幅に超える場合、表面的にはエラーにはならないが実際は超低速(300とか600?)で接続されてしまう。38,400bpsでは数字通りの速度で接続されるが、すぐにフローする。Townsのチップは無保証ながら38,400bps可能との情報があり、Linuxインストール時のメッセージでは38,400bpsを指定した場合、マシンの最高速指定と(私の英語力では)受け取れるメッセージがある。

接続可能でもフローしては意味が無いのでさらに低速にする。19,200、9,600・・・ほら、4,800bpsならフローしない、ってあんまりだ (~_~;)。「時代おくれ・表紙」を表示するのに22秒、「ソフト案内」は3分。ん~、この速度に実用性を求めるのはPC-286Lで鍛えた私の忍耐力を持ってしても無理、通信費はもちろん時間がもったいない。これではネット関係の実験用、または変態自慢のネタにしかならない(お、この日記だ (^^ゞ)。

と、言うわけで、Lanカードに続き高速シリアルカード募集します。高速シリアルカードをタダまたはタダ同然で譲っても良いと言う奇特な方、伝言板で受付しております m(__)m

2002年6月のまとめ

また記録をサボってしまった。もはや日記とは言えないような気がするが、取り敢えず6月の記憶 (^_^;) をまとめる。

2000年問題?を発見する。システムカレンダがDosは2002年、Linuxは1902年になっている。タイムスタンプは2002年と1902年と2030年が混在している。1902年はともかく、2030年はどっから出てきたんだか。Linuxのカレンダやタイムスタンプの操作方法が解らない、実害もなさそうなので放置。後日困ることは確実?

先月見つからなかったmhを/usr/local/bin/mhに発見する。/usr/lib/mh/mtstailorと/etc/servicesを編集、アカウントの設定をして、メールの送受信を行おうとしたらsegmentation faultで起動せず。リンク設定が必要なのかもしれないが、良く解らないので挫折。

起動時に認識されているのはPCM音源ではなくドライバ、しかも16Bit音源用。H40に実装されているのは8Bit音源、音が出るほうがおかしい。RunRunには8Bit音源もサポートしているとあるのでドライバを組替える必要があるようだ。またリメイクかな・・・(~_~;)

初期型Townsでも1.44MBフロッピーを読むことが可能であると判明。mount /dev/fd0 /mnt -r -t msdosで通常の2HDも読み込みは可能(書き込みは確実にファイルが壊れるらしい)。ファイルを分割してフロッピーでコピーする回数が2DDの半分に(^o^)/

viは相変わらずコンソール・Xともに日本語入力不可だが、何時の間にかmuleはXでも日本語OKになっている。再インストールの副産物か?

標準でインストールされるXSpread(v2.1)と言うX版の表計算ソフトを発見。日本語非対応?でセル幅は固定?だが、グラフ機能も有り結構使えそう。操作はDos版Lotus風で、/でメニューにはびっくり。なお、マニュアルにはLotusとは別物、無関係と強調されている。

w3mでダウンロードが可能なことを確認。Vectorで試したところFTPではダメだがHTTPでならダウンロードできる(当たり前?)。これでソフトのインストールが楽になる、OSのバージョンアップも可能だ。1024×1024÷4800=218だから1MBあたり3分38秒、パッケージが500MBとして13~14時間あればOKって、やはりネックは通信速度か・・・。

2002年7月11日(木)

アーバンのTURBO 232CT、高速シリアルカードが届く。いきなり交渉を持ちかけた私に快く譲ってくれたSさんに感謝 m(_ _)m(私のような図々しい輩が押しかけると迷惑でしょうから匿名で (^^ゞ)。

早速、取り付けて動作確認。DOSのSETUP2コマンド(PC/ATのBios設定のようなもの)で確認するとCOMポート0~3がきちんと認識されている。DOSで起動したついでにネットスケープのソースをCDからHDにコピーしようとしたらCD-ROMが死んでいた。LinuxがCDを認識しないのはカーネルリメイクの失敗ではなかったようだ。しかし、役立たずTowns-CD、だからど~した、気にしない。

引き続きLinuxを起動する。COM0からCOM1に変更なので、通信ディバイスcua0からcua1にスクリプトを修正する。取り敢えず速度は4,800bpsのまま。ppp-onで接続、なぜかエラー発生。COM1(cua1)からCOM2(cua2)に変更してもダメ。カードを点検しようと裏を覗いたら金具が浮いている。ネジを締める習慣が無い (^^ゞ ので気がつかなかったが、構造に問題があり完全に差し込んだと思ってもあと5mmほど押し込めるようである。きっちりネジ止めして再挑戦。今度は成功、満足して寝る。

2002年7月13日(土)

本格的な調整、まずカードの点検。カードには8連ディップスイッチがありSW1がCH1/2と3/4の切替。SW2~4とSW5~7がそれぞれCH1(または3)と2(または4)の速度(×1、×2.7、×4、×6)とFIFOの設定で、SW8は使われていないようだ。ハードウェアフロー制御の設定スイッチが見当たらない。SETUP2を起動するが、ソフトウェアスイッチでもない。ATコマンド(crtscts)で設定するに違いないと信じ、通信速度38,400bps・FIFOはOFFで挑戦。あっさりフローして通信停止。なんと232CTにもハードウェアフロー制御機能が無い、カード入手の目的はハードウェアフロー制御なのに・・・(T_T)。

しばし休息、気を取り直してFIFOについて情報を収集。FIFOとはアーバン独自のフロー制御で(CPUの処理能力に応じて)高速通信を可能にすると言う。私の想像ではCPUの処理待ちを行う巨大バッファーらしい。そんな横着な方法でうまく行くのかと疑いつつFIFOをON、192,00bpsで接続、おっ、フローしない、モデムの送受信ランプがチカチカと点滅して美しい。FIFOが有効に機能することを確認して一安心 (^o^)。48,00bpsではチカ(送信)・・・(沈黙)・・・チカ(受信)・・・(沈黙)・・・です、お験しあれって、何の意味も無いか (^^ゞ。

2002年7月14日(日)

FIFOを使用したセッティングをおこなう。通信速度×2.7と×4ではモデム接続は可能だがダイヤルしない。×6では内部19,200bpsでのみ接続可能でping値は178、ちょうど外部115,200bpsになるので納得する。×1では全範囲で接続可能だが、38,400bpsで最高値230となった。なぜか19,200bps×6(115,200bps?)を含めても、38,400bps×1の表示速度が最速なので、これを採用する。ノーマルポート(4,800bps)と比較して通信速度で2.7倍、表示速度で2倍、「時代おくれ」表紙表示で約10秒になった。

しばらくw3mでネットをうろつくが、あと一歩、まだ感触が悪い。「武器は無いのか? 武器は?これか!」とメモリーウェイト操作ツールabを発見(RunRunでは誤植でlxabと紹介されている)。さっそくab -fで高速モードに切り替えると、表示(通信速度ではない)が約10%高速化され感触もよい。

実質速度は1~1.5KB/S程度のようだがw3mが画像やJavaを(ほぼ)無視するため結構高速である。ページ構成によっては5KB/SのIE、NNやOpera(Win版・画像有り)より高速に表示できることもある。というか、無意味な激重ページ多すぎ (~_~;)。ゴミ寸前だったTownsは232CTの導入で実用的?ウェブブラウザとして復活 (^o^)。ウイルスもQ2も国際電話も(あと暫くは)無関係、かかってこんかい 凸(~_~;)、と懸案の妖しげなサイトの点検に出発、画像ばっかりのページは速いぞって、あ~今月も接続料が・・・。

2002年7月21日(日)

今日もサイトの点検だ。ん~、H系バナーが画面いっぱいに並ぶより、Alt文字列(濡れ濡れ、ぐちょぐちょ・・・etc.)が画面いっぱいに並ぶほう人目が気になる(職場で 音声ブラウザが淡々と読み上げたときはパニックだった (^^ゞ)。

画像を表示するためにはX上でw3mを起動する必要があるが、高速モードではXが起動しない。で、ノーマルモードを使用していたのだが、ひらめいた。ノーマルモードで起動してX上で高速モードに切り替えればよい。気づいて見れば簡単だ、とw3m+xvで画像を表示させたらていたら、突然画面が真っ暗に、コンソールも移動不能、キー操作不可!なんとLinuxが暴走した、初体験(イヤ~ン)。しかしLinuxは堅牢なOS、一見死んだようでも必要な情報をディスクに書き戻す機能が最後まで生き残ると言う。それを信じて数分間放置、その間2~3回ディスクへのアクセスを確認しリセットボタンを押す。エラーも無く無事に起動して一安心。

再インストールはもうイヤだ (~_~;)、コンソールは高速モード、Xはノーマルモードと使い分けることにする。むりしてH画像をTownsで確認せずにURLをメモしよう (^^ゞ。

2002年7月27日(土)

灰色サイト点検用マシンとして活路を見出したTownsではあるが、やはりメールが扱えないのは痛い。定番のmhは起動しない。で、インストールに失敗し放置していたOperaの(すっごく使いにくい、しかもバグ満載の (^^ゞ)メーラーを使おう、軽量快速をウリにしているから(画像非表示にすれば)ブラウザとしても使えるかも。

install.shが停止するのはuname -mのマシンチェックで旧版カーネルがi386-townsと応答するためである。ならばチェックを回避し強行インストールすれば良い。muleでinstall.shを開くと予想道理、先頭部分でチェックしている。machine="uname -m"を machine=i386に書きかえる。作戦成功、インストールは無事終了しLet's Enjoyメッセージを確認。しかし、Opera実行ファイルが無い、とエラーになる。が、その指定の場所に実行ファイルはある、何度確認してもある、あるったらある、絶対にある・・・ (~_~;)。なぜだ?しばらく頑張るが諦める・・・。直接起動(runme.sh)でも同じ症状で起動しないので、インストールの失敗ではなくOperaまたはOS(あるいは両方=組み合わせ)の障害に違いない。

Operaの起動には失敗したが、uname問題を解決できた(と今は信じている)事は大きい。これで色々なソフトがインストールできるぞ!と、満足して寝る。なお、Townsはi386(x86)同等マシンだから問題は無いと思うが、チェックはずしは自己責任です (^^ゞ

2002年7月28日(日)

朝から点検済み画像のダウンロード、もちろんこの作業にTownsは使わない。専用回線+Windowsマシンで落としまくる。その間暇なのでmhとOperaの障害について情報を収集する。Segmentation foultはメモリ不足でも発生すると言う情報があるがmhでそれは無いような気がする。Operaの起動障害に関してスタティック版の正しいバージョンを使えとOpera.comにあるが、Slakware-2.3.0 Towns版に対する正しいバージョンと言われても?である。だからと言って質問メールを出したら嫌がらせだと思われそうだ、私でもそう思う (^^ゞ。

偶然にネット上のFAQの中に起動時のエラーメッセージに関するものを発見、私とまったく同じ症状。それによると、Root区画はread-onlyでマウントされチェック後read-writeで再マウントされる必要がある。困ったことにmake直後のkernelはRoot区画をread-writeでマウントするので、rdev -R zImage 1で強制的にread-onlyにする必要があるそうだ。rdevで設定後再起動すると、ディスクにアクセスし続けて起動しない。一瞬ひやっとしたがメッセージを読んで納得、/dev/sda1: had reached maximal mount count, check forced. しばらく待ったらエラーメッセージ無しで起動した。以降の起動では /dev/sda1: is clean, no check. にメッセージが変わっていた。名著RunRunがこんな基礎的かつ重大なことをもらすとは、と腹を立てたが、良く見るとこのFAQはRunRunのCDに収録されている・・・。RunRunの該当ページを見たらちゃんと書かれている・・・。ナンドメ ノ シッパイダ? まにゅある、へるぷ、カイセツボン ワ チャント ヨモウヨ (^^ゞ。

2002年7月29日(月)~31日(水)

日記を日記=リアルタイムに戻すべく集中的に更新を行う。問題が解決しているのに自分が何をしたか忘れた、解決した問題を忘れた、問題があったことすら覚えていない・・・。

アル中ハイマーがさらに進行したようだ。記録を残すためにもこのページだけはきちんと更新しよう(口癖になりつつある ^_^;)。


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